2020年度は、コロナウィルスの感染拡大の防止を目的とした臨時休校から学校が始まりました。
しかし、学校には登校できなくても、2020年度の1年生はもちろんいて、私はその担任でした。
実際の教室に子供たちが通えなくても、「学校」を行う。
それは大きな挑戦でした。
大きな戸惑いを感じながら、それでも子供たちのためにできることを模索し続けた登校再開までの2カ月間を振り返ろうと思います。
1.入学式ができない
小学校教員になって17年目。
今年度は初めて1年生を受け持つことになりました。
1年生を受け持つのに、まさか17年もかかるとは思わなかっただけに、本当にうれしく、子供たちに会えることが楽しみでした。
3月の春休み、本来なら、「どんな子が来るのだろう」「どう迎えたら子供たちは喜ぶだろう」そのようなことを考えながら子供たちを迎える準備をしていたのでしょう。
しかし、実際は違いました。
子供たちを迎える準備はもちろん進めていましたが、「本当に学校を再開できるのだろうか」頭の中にはそんな言葉がぐるぐるとめぐり、心の中は不安でいっぱいでした。
今も私たちを苦しめ続けるコロナウィルスの感染に対し、どう対応していくのか、校内で議論が続いていたからです。
2月27日の首相の一斉休校要請により、学校は3月2日より休校していました。
残念ながら、春休み中もコロナの状況は良くなりませんでした。
テレビで流れるニュースでは、緊急事態宣言が出されるかどうかが焦点になっていました。
4月4日、休校が5月6日まで延長となることが決まりました。
そしてそれは、4月10日に予定されていた入学式も5月に延期になることを意味していました。
休校延長と入学式の延期は、ある程度覚悟していましたが、それが決まったときやはりとても落ち込みました。
それでも、休校の延長が決まってすぐに今できることを考え始めました。
自分が大きなショックを受けているように、子供たちも保護者も大きなショックを受けているだろう。
ここで何もせずにいれば、子供たちも保護者も学校から心が離れていってしまうのではないか、そんな大きな危惧がありました。
突き動かされるように急いでその後の対応を考えました。
2.オンライン保護者会
学年をともに組む同僚と、「今できること」「今やるべきこと」について話し合いました。
職場に出勤制限がかかり、慣れないリモートでの話し合いでしたが、慣れないことを言い訳にしている暇はないように思っていました。
まず決めたことは、保護者会を行うことでした。
子供たちが学校に登校することができないという前例のない状況において、何より大切なことは、家庭と学校とが信頼で結ばれることだと考えたからです。
とはいえ、この状況での保護者会はどうしたらいいでしょうか。
教員会議と同様、Zoomを使ったオンラインでの実施を検討しましたが、オンラインでの保護者会などやったことはありません。
画面越しでこちらの伝えたいことは伝えられるのか、果たして信頼を生みだすことはできるのだろうか、もし失敗してしまったらどうしよう、そんな不安が頭をよぎりました。
でも、この状況で何もしないことこそが失敗なんじゃないだろうかと、そう奮起しました。
肝心の保護者会では、まず保護者に安心してもらおうと考えました。
そして、とにかくお互いに協力してこの状況に向かっていきたいということを伝えました。
家庭と学校が、「先生」と「保護者」という関係を越え、「私たち」になれるように心をこめて話すことが、今自分がやるべきことだと考えたからです。
3.動画配信
保護者会の開催はすぐに決めることができましたが、一方で、子供たちに何をどうすればいいかは、頭を悩ませました。
本来は4月10日の入学式で子供たちと私たち教員、そして子供たち同士も顔を合わせていたはずでした。
そこで、実際の教室では顔を合わせることはできなくても、子供たちの顔合わせもオンラインで行うこともできるだろうと考えました。
しかし、保護者会のようにすぐにそれを決断することはできなかったのです。
子供たちとの出会いは、もっと慎重に、丁寧に積み上げていくことが大切なように思ったからです。
小学校1年生をどうスタートするか、それは何事もないときにさえ、とても丁寧に考えられることです。
オンラインで子供たちとの時間を設けることは経験がなく、それを見切り発車で行うことは、非常に危ういことだと感じていました。
私たちが子供たちひとりひとりの個性も知らない状態で、また、子供たちも私たち担任について何も知らないなかで、初めての出会いを画面で行うことを決断することは、どうしてもできませんでした。
同僚と頭を抱えながら話し合いました。
まだ会えていない子供たちに、今できることはなんなのだろう。
やるべきことは何なのだろう。
さんざん悩んで、オンラインでの子供たち同士の顔合わせは、この時点ではやらないことにしました。
子供たち同士の出会いは、学校が再開したあとの5月に丁寧に行うこととし、その代わり、学校再開までの約一か月間は私たち担任がお手製の動画を子供たちに向け配信することに決めました。
動画の内容は、まだひらがなも学んでいない子供たちでも楽しめる内容を考えました。
具体的には、担任の自己紹介や学校の様々な場所や飼育動物の紹介、絵本を読み聞かせやおりがみ等です。
休校中の学習補助は目的としませんでした。
今やるべきことは学習補助ではなく、まだ学校に通うことができない子供たちが、担任の教員や学校に愛着が持てるようにすることや、学校に通えなくても学校を感じること、そして学校に通うことが楽しみになることだと考えたからです。
たくさん考え、それが学校という場を失った状況でも、私が先生としてできることだという結論に至ったのです。
最初の動画配信は、本当なら入学式を行っていた4月10日に配信することに決めました。
入学式が迎えられなくて残念に思う気持ちを、少しでも和らげたいと考えたのです。
動画を撮ることも、配信することも初めてでした。
学年を組む同僚と2人で苦心して撮影しました。
手作り感のあふれる稚拙な動画となりましたが、だからこそ伝わるものがあると信じました。
こうして4月は、オンライン保護者会と子供たちへの動画配信を行うという、つい1カ月ほど前には考えもしなかったことを決断し、実行することとなりました。
4.休校の再々延長 「入学の日」
5月の初めには学校が再開する予定になっていました。
しかし、残念ながらそれはかないませんでした。
4月7日に出された緊急事態宣言が延長になり、休校も再々延長することになったからです。
前述の通り、登校再開を見越して、オンラインでは子供たち同士の顔合わせを行いませんでした。
しかし、さらなる延長が決まったことで、子供たちが顔を合わせられる日は、より先になってしまいました。
また、他の学年では、この再々延長の決定を機にオンラインでの授業が始まることが決まりました。
まだ入学式もできていない、それどころか、実際に学校に来たことがない1年生について、この先をどう考えるのか、決断を迫られました。
他の学年がオンラインで双方向の授業を始めるなかで、1年生だけが一方向の動画配信のみを続けるのだろうか。
1年生も授業を始めるべきではないだろうか。
ただ、初めて子供たち同士が出会う場が画面でいいのだろうか。
葛藤がありました。
決断をしたのは、学年を組む同僚の「私はもう待てません。子供たちに会いたいです。子供たちだって、たとえ画面だとしても、友だちや私たちに会いたいと思っているんじゃないでしょうか。」という力強い言葉でした。
「子供たちに会いたい」という素直な言葉は、まっすぐに私の心に届きました。
その言葉でぐるぐる悩んでいたことが嘘のように晴れました。
オンラインでも、子供たち同士を出会わせ、子供たちと私たちも出会い、そのうえで授業を始めていく方針を固めました。
5月11日、私たちの出会いの日に、「入学の日」という素敵な催しを行うことができました。
授業を始める前に、1年生が「自分は小学生になった」と思えるような催しが必要だろうと、小学部長をはじめ、教員が力を合わせ作り上げた催しです。
ステージに大きなスクリーンを立て、そこに子供たちの顔が映ります。
その様子はそれぞれの家庭に配信されます。
子供たちの名前を画面越しに呼ぶと、「はい!」元気の良い声が返ってきて、その子が画面に大写しになります。
真新しい制服を着た子供たちはみんな笑顔です。
その後ろにいる保護者も、とてもうれしそうでした。
きっと名前を呼ぶ私も、満面の笑みだったことと思います。
5.オンライン授業
「入学の日」の翌日からオンライン授業が始まりました。
子供たちの初めての授業がオンラインになることに大きな不安がありました。
実際に対面して行う授業では、子供の発言に加え、表情や身体の動き、ともすれば息遣いのようなものまで、一挙一動を無意識のうちに感じ取っていました。
それが画面を細かく分割した小窓から、子供たちの様子を伺わなくてはいけなくなるのです。
少しでも子供たちひとりひとりをよく見られるようにするにはどうしたらいいだろうか。
頭を悩ませ出した結論は、1年生は36人のクラスを2分割し18人ずつ授業を行うことでした。
子供を丁寧に見るために授業の人数を少人数にすることは、教室での授業でも効果的な方法です。
オンライン授業ならばさらに効果的になると考えました。
なぜなら、18人になら、1画面に全員の顔が映しだすことができるようになるからです。
経験の無いオンラインの授業に臨むにあたり、学校では、授業をする教員に加え、オンライン環境を保守する役目の教員の2名で授業を行う体制が整えられました。
そこで、1年生では、授業と環境保守を1人の教員が兼任することで、クラス2分割授業をすることにしたのです。
行う授業の回数は2倍になり、労力をかけることになるが、それをする意味のあることだと考えました。
いよいよオンラインでの授業が始まりました。
とても緊張しながらも、教室でそうするように、画面に向け笑顔で子供たちを迎えていきます。
ひとり、またひとりと画面に見える子供たちが増えていきます。
表示される名前を頼りに、画面に映る子供に向け名前を呼んでいきます。
元気な返事が返ってきます。
「アリック!!」私のニックネームを呼ぶ子もいます。
配信した自己紹介動画を見たのでしょう。
私が好きだと伝えたレッサーパンダのぬいぐるみを画面に見せる子供もいました。
まだ実際に会えていない子供たちが、少なからず自分に愛着を感じていることが伝わってきて、胸がいっぱいになりました。
初めての授業はあっという間に終わりました。
思っていたよりスムーズに授業は進みました。
そして何より、子供たちが授業を楽しみにしていてくれたことが強く伝わってきました。
順調に始められたオンライン授業でしたが、1週間経つ頃には、やはり難しいこともいくつか分かってきました。
そのなかでも特に深刻だと感じたことは、子供たち同士が関わり、お互いを知り合う場面が非常に作りづらいことでした。
どうやったら教室で行っていたペアトークやグループでの話し合う活動をオンラインで行えるか模索しました。
同僚や他の学校の実践を参考に、ブレイクアウトルームという機能を使うことにしました。
この機能を使うと、子供たちを2人ペアや4人グループにすることが簡単にできます。
ただ、難点は、そこでのやりとりの様子を教員は把握することができず、うまく関われない子供を助けることができません。
まだ実際に出会えていない子供たちにとって、少人数での活動はハードルが高いのではないか。
それでも、オンラインとは言え、子供たちはクラスで授業を受けていることには変わりはありません。
クラスで授業を受ける意義は、子供たち同士が関わることにあると考えます。
難しさは感じながら、ブレイクアウトルームを使った、ペアトークやグループでの話し合いの活動を何とか始めていくことにしました。
活動に少しずつ慣れていくため、初めは自分の名前を相手に伝えるだけという取り組みやすいものを考えました。
そして、徐々にやりとりが単語から文章に、そして会話になるように、トークのテーマを設定していきました。
活動を始めたころは、グループの小部屋から戻ってきたときに、うまくいかなかったのか浮かない表情をしている子もいました。
しかし、回を重ねるごとに「もっとやりたかった」「明日は何をするの」という声が聞こえるようになってきました。
子供たちはこの活動が大好きになっていきました。
子供たちの適応力の高さに驚き、また、やはり子供たちが関わり合うことに学校の意味があると再確認しました。
そこで、放課後の時間に、保護者も交えた三者面談をすることを考えました。
急に面談をすると言われても、子供たちは緊張してしまうだろうと思い、あらかじめ聞きたいことを伝えました。
子供たちには「大切な宝物」と「みんなでやりたい遊び」を話してもらい、保護者には「お子さんの自慢話」を話してもらいました。
子供たちと私がじっくり出会うことを目的とした面談の時間は、とてもよい時間になりました。
宝物を誇らしく紹介する子供たちの姿も、自分の自慢話をする保護者の横で照れくさそうにする子供たちの姿も、とても愛らしかったです。
正直に言えば、限られた時間の中で子供たちのことを知ることは難しかったです。
でも、少しの時間でも、個別に話す時間ができたことで子供たちとの距離が確実に縮まったことが分かりました。
6.念願の登校再開
6月8日に念願の登校が再開しました。
クラスを半分に分ける分散登校でしたが、それでもようやくの、念願の登校でした。
「おはようございます!」元気に入ってきたのは男の子。
後に続いて多くの子が教室に入ってきました。
教室に子供たちが帰ってきた、それがとてもうれしく、胸に迫るものがありました。
実際に会うことは初めてでしたが、私は全員の顔と名前が一致しました。
子供たちも私の名前を知っていました。
そして、私は子供たちをすでにとても大切に思っていて、子供たちもきっと私に愛着があったと思います。
何よりうれしかったのは、実際に会うことは初めての子供たち同士が、お互いの名前を呼び合い、まるですでに友達であるかのように接していたことでした。
この2カ月、実際の教室に子供たちが通うことができないなかで、それでも「学校」をやろうと試行錯誤をしていました。
目の前の子供たちの笑顔はその成果だと思えました。
休校の記録でした。