2022年10月30日日曜日

検索と文献

 「検索と文献」

社会科、工業の学習。
子どもは工業地帯、地域の責任者となる。選んだ工業地帯、地域に、任意の工場を誘致するためにプレゼンを行う。そのためのレポートづくり。
工業地域の場所、中心となる都市を日本地図におとしたり、工業種別の割合の円グラフ、さらに特徴や歴史をまとめる。
最後にその工業地域のキャッチフレーズを考えてみる。
このレポートをもとにプレゼンを行うという活動だ。
レポートの雛形やモデルは示していたのだけれど、それにしてもひとり1台は効率的だ。さくさく調べ、レポートが埋まっていく。
文献に比べ、スピードがまったく違う。
3時間を予定していたが、おそらく次の時間で多くの子が仕上がりそうだ。
とは言え、やっていて懸念は残る。
情報の真偽の問題はやはり強い懸念だ。
千葉県の都市配置がめちゃくちゃなサイトがあったり、表記ミスも見つけた。
それから検索は、情報をピンポイントでピックアップできる。
しかも、入力した言葉で、並行して様々なサイトから情報を得ることができる。
それがあまりにピンポイントすぎることも気になった。
ピンポイントに収集した多くの情報の中から、取捨選択するという行為の練習にはなる。
けれど、文献ではあった、広い情報からだんだんとそれを絞っていく活動は薄いと感じた。



図書室に入る。
得ようとする情報の載っている本が、図書室のどの棚にあるかを考える。
それは自分の得ようとしている情報が、大分類のどこに位置づけられるものなのか、考えることだ。
棚と棚の間を本の背表紙を眺めながら歩く。
ここで、目的からそれて、寄り道する子もいるかもしれない。
誘惑を振り払い、目的の棚の前まで行く。
棚にある本の背表紙をさきほどより丁寧に眺める。

ようやく目当ての本にたどり着いても、知りたいことがどのページに載っているか、それはすぐには分からない。
目次を見る。
「工業の分類」について調べたくても、目次には「工業の種類」と記載されているかもしれない。
頭の中で言葉をすりあわせていく。
ページを開いて、一読して、ようやく探していた情報らしきものにたどり着く。
腰と気持ちを落ち着けて、じっくりと文章と向き合う。



検索と文献と、情報を得るという目的は同じだけれど、その経験で身につくものは違う。
だから、学校ではどちらの経験もさせたいし、できるようにしたいと思った。
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2022年10月23日日曜日

修学旅行雑感

 修学旅行雑感

本校では慣例で5年生担任がひとり引率をする。
コロナ以降で久しぶりの修学旅行。
信州の旅。
書き残しておきたいことがあるので、書いておく。


2日目の上高地は、これ以上にない晴天。
冷え込んだ空気のおかげで陽の光の温かさが体を包むようだった。
大正池からの焼岳、透き通る梓川の水面は光り輝き、目線を上げれば穂高連峰の山並みが青空に映える。
美しさに息を呑む。言葉のかわりにため息がもれる。
この言葉にならない感動を、「自然への畏敬の念」という言葉にしたんだろう。
そんなことを思う。
「きれいだね!」
そんなことを早口に言いながら、自由散策の子どもたちは足早に歩いていく。
どうやら他のグループより早く目的地に着きたいらしい。
もったいないと思いながら、それでもいいのかもしれないとも思う。
しみじみと染み入る滋味な味わいは、子どもたちには似合わない。
歳を重ねて、たくさんのものを見て、たくさんのものに汚れるからこそ、自然の美しさに心を洗われるんだろう。
「きれいだね!」
今はその感想でいいんだと思う。
美しい自然を尻目に、それよりも友だちと非日常にいる高揚感に浮足立つ子どもたちはまっとうだ。
それでも、美しさの中で過ごせたことは子どもたちの心に残っていくと思う。



3日目のちひろ美術館。
特別展は「絵本画家の絵の具箱」と「谷内こうた」展。
どちらも絵本のラフ画や原画が多く飾られていて、見入ってしまった。
「絵本画家の絵の具箱」を見ると、作者により、画材が様々に使い分けられていることが分かった。
それに描かれるものも、スケッチブックだったり石膏ボードのようなものだったり。
絵本だとどうしても紙に印刷されてしまうけれど、こんなに「絵画」だったんだなと、当たり前だけれど見落としていたことを痛感した。
「谷内こうた」展では、なにげない1ページのために、何度も下書きをしたことが分かるものがあって、それも感じることがあった。
美術館内で、ひとりの男子児童が大きな声で話しかけてきた。
「アリック!僕分かったよ!絵本は、絵を見ていたんだよ!それが初めて分かった!!」
静謐な美術館で大声をあげることをたしなめようと思ったけれど、あまりに彼の言ったことに共感したので、思わず、
「そうだね。本当に思うよ。僕も同じこと思った。」とこちらもそれなりの声で応えてしまった。
そう。
今回展示を見て、絵本の1ページ1ページが絵画作品であると感じた。
そして、それを、誰もがなにげなくめくり、どんな読み方もゆるしてくれることの温かさに気づき、なんてすばらしい文化なんだろうと感動した。
絵本という文化の寛容さに感動したのだ。
これだけの芸術を押し付けることなく高尚さとは無縁のような表情で、いつでもだれでも受け入れるなんて、なんてありがたいものなんだろう。
彼もきっと同じように感じたんだろうな。
それがうれしい。


そんな修学旅行だった。