2025年9月20日土曜日

1年生との会話

 「〇〇先生、たろうくんが探していたよ」


教員室のドアが開いて、1年生が2人、大きな声で私のことを呼びました。


そうだった。私はある約束をすっかり忘れてしまっていたことに気がつきました。


それは今朝のこと、1年生が使う中庭のながしで手をあらっていると、たろうくんに話しかけられました。


「〇〇先生、今から遊ぼう」


「ごめんよ。これから正門でみんなに朝のあいさつがしたいんだ」


「20分休みは?」


「20分休みは中学校で会議なんだよ…そうだ、昼休みはどうかな?」


「分かった。昼休みね。約束だよ」


その約束をすっぽかしてしまっていたのです。


たろうくんごめん。いろいろな人に連絡をしなくちゃいけなかったり、たくさんの人のお話を聞いていたりして、私はすっかり忘れちゃっていたんだ。


急いで1年生の教室に向かいます。


呼びに来てくれた2人の1年生、それぞれと右手と左手に手をつないで歩きます。


右手につないでいた子が、何かをたしかめるように、おもむろに左手につないだ子に向けて話し出します。


「やっぱり、〇〇先生よりザリガニのほうがかわいいよ」


ああ、私はザリガニにはかなわなかったか。すると左手につないでいた子。


「でも、〇〇先生のほうがかっこいいよ」


なんということでしょう。


あの大きなはさみの持ち主のザリガニより、まさか私のほうがかっこいいなんて、とっても光栄でうれしい。


すると反対から


「えー、だってザリガニはおめめがくりっくりなんだよ」


私だってつぶらなひとみがチャームポイントだよと言い返したくなりましたが、ぐっとこらえました。


ライバルはザリガニでした。


そんな2人の楽しいお話に耳をかたむけているとすぐに1年生の教室にたどりつきました。


あっ、たろうくんがいました。


「ごめーん!おそくなっちゃった。ごめんなさい。」


「いいよー、何して遊ぶ?」


うれしそうなたろうくんとしばらくバッタのいる草むらを見ながら楽しんでいると、すぐにチャイムが鳴ってしまいました。


「ごめんね。ちょっとしか遊べなかった」


「うん。もっと遊びたかった。でもさ、〇〇先生を探すの、楽しかったからいいよ!」


なんだか私もすごく楽しい休み時間でした。


幸せな仕事をしているなと思いました。


(たろうくんは仮名です)

2025年9月14日日曜日

忘れたくない今日の出来事

今日の文章は自分のために書く。

書き残しておきたいから。

先週のいつだったか、教員室に戻ると机の上に1通の手紙が置いてあった。

中を見ると高校3年生の男の子からの手紙だった。

なんとなく顔が浮かぶ。

小さくて活発な男の子だった。もう高3なのか。

引退のかかった試合が中高のグラウンドであるから見に来てほしい、そういう手紙だった。

便箋1枚の三分の二くらいを使って丁寧に書かれていた。

うれしかったけれど、担任をもったわけではない子からの招待に、少し戸惑った。

わざわざ手紙を出すほどの特別な思い入れが僕にあるとは思わなかったからだ。


少し遅れて試合を見に行く。

彼は想像もつかないほど体格がよくなっていて、そして黄色いキャプテンマークを腕に巻いていた。

驚いた。

リーダーシップのある子では無かったから。

中高の6年間での成長がそのキャプテンマークにあるように思えてうれしくなる。

まばらにいた応援団に混じっていた彼の母親が僕に気づいて近づいてくる。

「忙しい中ありがとうございます。喜ぶと思います。あの子、先生に試合見てほしいってずっと言っていたから」

と言うと、なんとお母さんが泣き出してしまった。

「先生のおかげです。今こうして桐朋のグラウンドでサッカーをしているなんて。もう小学校で終わりだと思っていたから」

面食らってしまった。まったくそんな恩人のように言われる覚えはない。

たしかに態度があまりよくなく、6年生のころ、担任と合わずにぶつかっていた。

僕は当時教務主任をやっていて、それで両親と面談をしたことを覚えている。

態度のよくなさもわかっていたけれど、それでも素直で人懐っこい性格だとも思っていて、率直にそのことを伝えたのだと思う。

当時、若い教員が一気に3人、2人と連続で入り、とにかく教務主任として様々な保護者からの話を聞いていた。

子どもたちは心から大切で、一方で同僚もやっぱり大切で、だから特に担任に不満を持つ保護者との面談は気を遣った。

誰も悪者にしたくなかったし、何より子どもを大切にしたかった。

僕ができたのは子どもの学校での姿を伝えることだった。子どもたちのことをたくさん知っていたことがよかった。とにかく心を込めて話した。

それにしても涙を流されるほどのことをした自覚はまったくなかったので面食らった。

悪い気はしなかったけれど、ぴんとは来ていなかった。


試合は一進一退だった。

そして終わりを告げる笛が鳴ったが、同点。

どうしても次の予定があるので、応援団の集団を離れ、グラウンドを後にしようと思ったが、グラウンドの端まできて振り返るとPK戦が始まるところだった。

最初のキッカーが彼だった。

PK戦ならすぐに決着がつく。

せっかくだからグラウンドの端で見ていこうと決めた。

彼は冷静に決める。

そしてキーパーを抱きしめ、励ましていた。キャプテンらしい姿だった。

相手の3人目と4人目のシュートをキーパーが立て続けに止め、桐朋は5人とも決めた。

勝利だ。

爆発するように喜ぶ選手たち。

そして応援団のほうに走っていく。

…彼だけは逆側に走ってくる。

まさか…

なんと逆側にいた僕に向けて全力で走ってきた。

「勝ったよ!」

そういって全力で抱き着いてきた。

筋トレをしていてよかった。

僕は汗だくの彼をそのまま受け止める。

遠目には分からなかったけれど、体は砂だらけだ。

それをしっかりと受け止める。

「来てくれてありがとう!」

「おめでとう!」

言葉を交わして、それから彼に応援団のほうに行くように促す。

驚いた。

それからうれしかった。

まさか彼がわき目もふらずにこっちに来るなんて思わなかった。


振り返っても、何か特別なことをしたようには思えない。

それでもきっと僕は彼の特別なんだと思う。

特別なことはしていないけれど、誠実に全力を重ねてきたと思う。

それがたまたま彼に深く届いていたのだろう。

うれしかった。

応援に来たのに、僕がはげまされた思いだ。

もちろん、逆もあるだろう。

心当たりは無いのに、誰かを深く傷つけていることだってあるだろう。

だからってこれから子どもとの距離を置いて関わるなんて絶対にしないと思う。

明日からも、ただただ子どもの近くにいたい。

うまく距離をとることは僕にはできない。

子どもたちの中に入って、全員のそばにいたい。

それで、丁寧に相手を尊重して、そして愛したい。


さく、ありがとう。僕、がんばるよ。