2025年11月24日月曜日

山梨学院小学校に行きました

10月の終わり、職場の創立記念日、同僚と山梨学院小学校へ。

盟友鉄兵がいつも「良い」と言っていた学校。気になっていたけれど、一方で意識の高い教員界隈で話題に挙がる印象はなかった。それが見学したらどうだったか。すばらしい学校だった。なんでこの学校が話題にならないのかと不思議に思うほど、すばらしい学校だった。

笛吹のインターを降りて学校に近づくと山梨学院大学の名を冠したグラウンドや寮が多く目に入ってくる。地域において大きな存在なんだなと思わされる。

大きな通りを右折すると、目指す小学校は左手にあった。大学の名の存在感のわりに、小学校の入り口はさほど大きなものではない。あとで分かったことだけれど、このこじんまりとした入り口の訳は、約20年前、学校を作る際に池田小の事件が世間を騒がせており、その影響だという。学生のころの話。あの事件の影響がこんなところにも、と思った。

会議室に通される。壁にはとても大きな抽象画の作品がかけられている。添えられた説明を読むとなんと学校の子どもが制作に関わった作品だった。驚いた。なんというか、解釈を人に委ねる抽象画を、格好つけて飾っているのかと思ったら、子どもの作品なのだ。子どもの作品をこんなに大きく、しかも雰囲気を持って飾っている。それがすごく素敵でひきつけられた。

絵を見ていると副校長の樫原先生が入ってきて説明を始めてくださった。「スポーツプロジェクト(≒子どもたちが作り上げていく運動会)で子どもたちが描いた作品なんですよ。」運動会と絵が結びつかず戸惑った。その戸惑いの表情があらわれていたのか樫原先生が続ける。「運動会と絵なんて変だと思いますよね。でも、スポーツプロジェクトをスポーツが得意な子だけが楽しめるものにしたくないんです。競技はあくまでもプロジェクトの一部で、例えばこうやってテーマに沿った絵をかいたり、競技を自分たちで考えたり、それを取材してアナウンス原稿を作る子がいたり、そういう活動を6年生が立ち上げていくんです。それぞれの子に出番があってほしいと思うのです。」ああ、共感することばかりだった。僕も学校にたくさんの子が光る場面を作りたいと思う。輝きたい子が輝ける場面はもちろん、ふだんは目立たない前に出ることが苦手な子も気づいたら輝く場面、そういうものがあってほしい。それをきちんと意図して作っていることが素敵だと思った。意図してやらせている、ではなく、意図して子どもに委ねることでそれを生み出している。

会議室を出て、教室のあるほうへ向かう…はずだったが、玄関のようなところでカルチャープロジェクトのテーマやグループが書かれているところで足が止まる。週明けから15日までの2週間、すべての授業が止まってこのカルチャープロジェクトに向かうそうだ。このグループの顔ぶれが実に面白い。実際に仕入れをしてもうけを見込んで販売をするデパート「ブランドYOU」。あとで校長先生が教えてくださったが、地元の有名店に子どもたちが交渉しているそうだ。また甲府に進出したコストコとも関わるらしい。聞いているだけでワクワクする。他にもダンスや廃材工作などバラエティにとんだグループがある。これは6年生が立ち上げて1年生から5年生にプレゼンをし、仲間を募るらしい。本校のクラブに似ているけれど、それが1年生からということがすごい。それぞれ自分たちでつけた名前があり、それがまたワクワクさせる。「楽しいでしょ?」と本当に楽しそうに樫原先生が言う。その表情がとてもいいなあと思う。

教室に入るとまた驚いた。扉がついたてのような薄いものなのだ。中に入ってみて分かったが、つくりがとにかくオープンだ。一時期広まったオープン教室の作り。一学年が2クラス。廊下側には壁が一切無く、教室と同じくらいに大きくとられた廊下に隣接している。逆側は大きな一面の窓。窓の端にはガラスの扉。子どもたちがすぐ外に遊びに出られるようになっているそのつくりと思想はうちの学校と同じだ。うれしくなる。

1年生の教室では左側のクラスはワークシートに取り組んでいて、クラスに2人いる先生が持ってきた子のプリントにその場で丸付けをしていた。一クラスが40人近い。「はじめは30人一クラスで始めようと思ったんですが、(受験生を)落とせなくて」と樫原先生。それを聞いて胸がズキンと痛む。僕たちの学校、つまり僕はたくさんの子を落として傷つけている。

隣のクラスでは食品を長持ちさせる工夫について学んでいた。机をくっつけていくつかの島ができている。島ごとに調べる項目が違うようだ。一定の時間ごとに島を移動して学ぶ子たち。じっといすに座るのではなく動ける時間を作っているのだと見ていると「生活の授業では授業中いすに座っていたらだめだからと同僚に言っているのです。活動させましょうって」と。素敵と思う。感服のため息ばかりついている。

クラスを回るなかで驚かされたのは2年生だ。通りがかったときはちょうど休み時間。それぞれの机に置かれていたのはおいものツルで作ったリースの土台。机いっぱいの大きさだ。前の時間に作ったのだろう。うれしそうに頭にのせている子たちが教室を小走りで走り回っていた。教室の外で後片付けに追われている担当の先生を樫原先生が呼んでくださった。リースのすばらしさの感想を告げると「ありがとうございます。でもこれ計画していたんじゃないんです。おいもを掘ってみたら思いのほか不作で、これじゃあまずいと思って、何かできないからなあと思ったときに、子どもたちからリースを作ったことがあるからやりたいって声があがって…」なんということだろう。これが計画された活動ではないなんて。子どもたちと先生のやりとりで浮かび上がった活動だなんて。腰が抜けるほど驚いた。かっこういいなあと思った。うまく言えないけれど、すごく学校だなあと思った。僕の考える、僕の好きな、僕の目指す学校だ。子どもと先生との関わりのなかで何をやるかが自然に生まれていくのだ。「常に変化していく学校です。大きなカリキュラムは決まっているけれど、前の年にやったからといって、次も同じことをやるということはしません。だって先生によって何が向いているのか、違うでしょ」樫原先生が教えてくださったことを目の当たりにしている気がする。とにかく、すごい。

案内をされながら校内を回る。低学年のメディアセンターにはタルボサウルスのレプリカの全身化石があり度肝を抜かされる。一方で靴をぬいでくつろぎながら本を読む場所や、畳の場所などは本校でも取り入れられそうだ。(高学年のメディアセンターにはサンタマリア号のレプリカがあり、ふたたび度肝を抜かれることになる。そしてキューブ型の連なった個室にはうらやましくなる。)

和紙づくりの活動をしている小さな子が、自分自身の活動をほんのり自慢げに説明をしてくれる姿に、ああ、活動が自分のものになっているのだなと、静かに、でも深く感動をした。と振り返っていて思う。そうか、何でこの学校に自分がこんなに感動したのか。それは探究やプロジェクト、バカロレアといった、割と今、先進的とされるこれらのことに山梨学院小学校は取り組んでいる。でも樫原先生は特にそれらに力を入れて説明していなかった。それよりも学校の子どもたちの姿をいっぱい説明してくれた。樫原先生自身がこの学校の何を楽しいと感じているかを伝えてくれた。学校のすばらしいとされるコンセプトよりも、それぞれの活動における子どもたちの姿をとても楽しそうにうれしそうに語られる。そのような姿勢だからこそ探究やプロジェクト、それにバカロレアが上滑りしないのだろう。きちんと子どもたちの生活に織り込まれている。そのことに僕は強く惹かれる。

うがった見方かもしれないが、どんなに「子どもたちのため」と取り繕っても、実は自分たちのコンセプトの実現のために子どもがいるような学校があるように思う。どう考えたって、子どものためにコンセプトがあるはずなのに。自分はそこに違和感を持っていたのだと気づく。こうしてちゃんとした素敵な学校を見て、いきいきとした子どもたちを見て、それに気づくことができた。僕の学校もそうありたい。

最後に自慢の給食をいただく。自慢通りだった。おいしいお野菜たっぷりのお味噌汁は出汁がしっかりとられていて、本当においしかった。給食をいただきながら伺った瀬端校長の話はすごかった。長野の教員時代の話。1年を通して子どもたちと縄文の生活をする。木をとってくることから始める竪穴住居づくりの話。本で読んだ鳥山敏子実践や金森学級と重なるようで、日本の連綿と紡いできた実直で骨太な実践家が目の前にいるように思えて手に汗を握った。ここでもまた、山梨学院小学校のコンセプトが上滑りしない理由を目の当たりにした気がした。

山梨学院小学校と本校、カリキュラムには大きな違いがあれど、根底に流れる思いのようなものはすごく似ているんじゃないかと思う。僕は強い共感の思いを抱いた。できれば同僚を連れてまた学ばせてもらいたい。自分の学校が良くなる大きなきっかけになるように思った。

本当に貴重な時間だった。忙しいなかでわざわざ時間を割いてくださった瀬端校長、樫原副校長、それにおたかさんに感謝したい。


2025年11月15日土曜日

境目なくまざりあう「自由で豊か」な学校 軽井沢風越学園

 前日は冷たい雨が降っていた軽井沢は翌朝は真っ白な霧がかかっていた。

それが念願の風越学園に着くころには青空が広がっていた。

駐車場から眺める風越学園の校舎。その上に広がる空がとても高く見えた。

駐車場から校舎に向かうと、そこには一頭のポニーがいて、まるで笑ったかのように歯を見せて僕らを歓迎してくれた。

朝9時。幼稚園の子どもたちが歓声をあげて遊んでいた。

風越学園に足を踏み入れる。

右手に事務室のようなものがある。

と思ったらここがスタッフルーム、つまり職員室だった。

この日は部屋の暖気を逃がさないために透明のビニールカーテンのようなものがかかっていたが、なんとあけっぴろげな職員室なんだろうか。

「有馬さん、勝手に入っていいから。子どもも勝手に入ってきますから。そこらへんに荷物置いて。」

校長の岩瀬さんが言う。

言う通り子どもがひとりふらっと入ってくる。

「ポケモンハラスメントだ」とひとりの先生、ここではスタッフと呼ばれる人がつぶやいてい。

その子はきっとポケモンの話がしたくてこの場所に入ってきたんだ。

実は僕は教員になった今でも教員室に少し緊張する。

今年から教室ではなくそこが自分の主戦場となった今だってそうだ。

きっと風越の子にはそういう緊張はないんだろうなと思った。


「朝はそれぞれのホームで45分過ごすんです。それでこれからはじめの時間が始まるんだけれど、今日は校長として賞状を渡すことになっているから、今から言ってくるからちょっと待ってて。」

言われるままに岩瀬さんを待つ。

どうやらはじめの時間がちょうど始まるようで、子どもたちが各々の場所に移動していく。ただ、驚くほどそれがあわただしくなくゆったりしているように思えた。

その様子をぼうっと見ていると、なんというか腰高の位置の人工芝のようなものがしかれたベンチに横たわっていたひとりの男の子に話しかけられる。

名前をはるとくんと言う。

「はるとくん、僕ら今日はこの学校の見学に来たんだ。」

と話しかけると

「ここは自由で豊かだよ」

という答えが返ってきた。


岩瀬さんがスライドを使って丁寧に今日の見学のチェックインをしてくれる。

10年前、休職制度を利用し教職大学院に1年間通った。

そこで出会った岩瀬先生。自分が初めてこんなふうになりたいと焦がれて、そしてなれなくて焦げた人が目の前で丁寧にチェックインをしてくれている。

その様子がまるで院の授業のようで懐かしく、うれしかった。

のもつかの間、岩瀬さんの後ろの大きな窓の外にリュックを背負った小学生が列でどこかに出かけていく。その後ろには林が広がっていく。

列の中に旧知の太一の姿を見つける。

列の中だ。そう、教員が先頭で子どもたちを先導するんじゃない。子どもたちの列の中に、少し大きな人が混じっている、そんな引率の仕方。

せっかくの岩瀬さんのチェックインのときに僕はそんなふうに後ろの子どもたちに目を奪われていた。


「それではお昼まで自由に見学してください。何をしていてもどこに入ってもだいじょうぶです。ただ幼稚園の小さな子たちの遊びに入るのはどうか気をつけてください。自分がそこに入ることでどんな影響があるかよく考えてください。」

その言葉通り、本当にそこからは何をしていても、どこに入ってもだいじょうぶだった。


見学の初め、僕は戸惑いに突き落とされた。

まずは校舎のつくりが分からない。

風越学園の校舎は、なんというかつかみどころがないのだ。廊下の片側に教室が並ぶ、なんてことはないのだ。それどころか、そもそも廊下がない。それは広い通路だったり、同じつくりの部屋は無いし…どこに行けばいいのか分からなくなる。

「図書室を中心に校舎が広がっています」みたいな文章をどこかで見た気がするけれど、なんというか本棚は無限に広がっていくように中心から周りまで置かれていた。

図書室の学校だ。

部屋は大小さまざまで、それに階段下や通路の脇に秘密の小スペースのようなものもあり、ワクワクする。

階段はまるでステージのようで、それから本棚と本棚の間はゆるやかなスロープになっていて回遊できるようになっている。

それから子どもの動きもよく分からないのだ。

小学生はプロジェクトの時間で、中学生は土台の時間、つまり教科の時間だそうなんだけれど、まるでわけもなく本棚の間を歩く中学年くらいの男の子3人組がいるかと思うと、ずっと歩き回っている子もいたり、常に誰かがのんびりと歩いているのだ。

それでこちらも歩いてみると、なんとなく実はそれぞれの場所でそれぞれの学びが行われていて、その様子がつかめてきた。

お味噌汁を作っているのは高学年の子たち。手書きの工程表を片手にお味噌汁のいい匂いがただよってくる。

人懐っこい女の子が「味噌は用意してもらったけれど、具は自分で用意したの」と笑顔で教えてくれる。

キッチンの前には幅広の階段があって、その奥に身をかがめないと歩けないような秘密の通路を見つけた。そこを抜けたら2階。

割と大きな音を響かせていたのは1・2年生。

地域探検を自分たちでまとめている。

教室から机を持ってきて、広くとられた通路に机を出して、一心不乱に取り組んでいる。

うつぶせで床にねながらやっている子もちらほら。でも、小さいときのお絵描きってこのスタイルだったよなと思う。

いきいきとした姿だった。

ぐるっと回ると、そこでは中学生が数学に挑んでいる。

部屋のなかにはスタッフがいて、スタッフに質問している子がいる。

広めのテーブルでは男の子たちが4人で楽しそうにアドバイスをし合って問題にいどんでいる。

部屋を出ると通路に沿ってカウンターのような机が伸びる。こちらはひとりで学ぶところのようだ。黙々と問題に向かっている。

のぞくと、半分くらいの子は同じプリントに取り組んでいたけれど、自分で選んだ課題に取り組んでいた子もいた。

ここでも親しげに9年生(中学生)の男の子が話しかけてくる。

素直な子だなと思う。


みんなが教室、部屋に入っているわけではない。

というより、教室以外の広くとられた通路もそもそも子どもたちの学びの場所として想定されているし成立している。

だから、と言っていいのか分からないけれど、学びに向かなくてうろうろと校舎を歩く子も、別に目立たない。

学びから逃避している子たちがいて、でもみんながゆるやかにほっといている。

実はよく見るとスタッフはただほっといているわけではなく、声かけはしている。

でも無理に教室に押し込めたりはしない。

それはなかなか考えさせられる光景だった。

教室にはいられなくなる子たちを、どう教室でおとなしく学ばせるかに苦心している自分のやっていることのそもそもを考えさせる光景だった。


すべてが流動的だと感じた。校舎の作りもまるで一定でなく、学びの時間の区切りも1日じゃうまくつかめない。

固定化されていない。常に動き続け境目なくまざりあっている。人も空間も時間も。

そうやって言葉に直していくと、とても異質だ。

実際に僕も手に持っていたメモ帳に「異質」と書いた。

でも、その言葉がまったくしっくりこない。

目の前にある「異質」にそれでも「違和感」を抱かないのだ。

だから、本当に「異質」と表すことがいいのか、迷う。

この不思議。

だって子どもたちの過ごす様子はとても「自然」に見えた。「異質」なのに「自然」。

そう、子どもたちは自然に過ごしていた。


やがて、なんとなく大きな時間のくぎりだったようで、中学生たちが外に出ていく。

体育のような時間で、どうやら校舎の周りを走るらしい。

グラウンドを横切るとそこには林が広がっていた。

林だ、本物の。

走る中学生に着いていくことを早々にあきらめ、落ち葉を踏みながら林を歩く。

林を抜けると再び校舎の前に出た。高い高い青空がそれを包んでいた。

このとき、気づいた。

風越学園には敷地と外とを隔てるフェンスが無いのだ。

校舎があり、周りが広場のようになっていて、その外には林がある。

それがすごく素敵だと思った。

壁に囲まれていないことがとても良いと思った。

そうか、風越の子は、どこにでも行けるんだな、そう思った。

どの時間にどこにいてもいい。ひょっとしたら外にだって出てしまえる。だって子どもたちを閉じ込める壁が無いんだもの。

でも風越の子たちはここにいる。

どこにでも行けるから ここにいる。

なんでもできるから やることをやる。

なんだかそういうふうに思えて、それが自分ではすごく納得できる言葉だった。


お昼に聞いた中学生の言葉は圧巻だった。

ゆるやかに動き続け、どこにでもいけてなんでもできる子たちが、風越の学びの終わりが近づいてきたときに、私自身を見つけているその様に、僕は感動した。

肉体的には決して強くは見えない細身の男の子たちの穏やかな語り口に、それでも、成長とはこういうことだと言わんばかりのしなやかで圧倒的な根が張った力強さを感じて、すごくまぶしく感じたし、勇気づけられた。

それを聞いている岩瀬さんもうれしそうで、なんだか自慢げにも見えた。そりゃそうだ。


とは言うものの、やっぱり何をしてもいいということに流されているような子たちはいた。

僕が風越にいた日、時間のほとんどをゲームに費やしていた子がいた。

岩瀬さんはこれまでもいたそういう子が「どこかでぐっと伸びる」姿をたしかに風越で見てきたから、それを待てるという。

でも、僕はこの1日だけしか見ていないので、やはりそれで1日を過ごしてしまう子の姿がひっかかる。


1日じゃ、分からないことがある。

それでも1日で子どもたちの自然な姿をたくさん見られたことは大きな発見だった。

みんなも見たほうがいいと思った。

自分にとって「異質」な場所でも、まるで「自然」に子どもたちが学ぶ姿。

全然違う方法なのに、きっと学校の日々のなかで自分が良いなと思う子どもたちの姿が風越ではきっとたくさん見られるし、そうなると風越って「特別」というのが思い込みなのかしらとも思うから。


念願の風越学園。

どこかでひょっとしたら縁が無いのかなと思っていたけれど、その予感を突き破ってたどり着いてよかった。

1日じゃわからない。だからまた行きたい。



写真は撮らないようにということだったので、お昼のために買ったMelというパン屋さんの写真。めちゃくちゃおいしかった。